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東京地方裁判所 平成2年(ワ)173号 判決 1991年4月17日

原告

東京総合信用株式会社

右代表者代表取締役

塩見隆一

右訴訟代理人弁護士

高津季雄

安藤武久

被告

中村友一

右訴訟代理人弁護士

高山征治郎

亀井美智子

中島章智

山内容

主文

1  被告は、原告に対し、金九三〇万円及びこれに対する昭和六三年九月二七日から支払済みに至るまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その一を被告の各負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一八五四万三一五一円及びこれに対する昭和六三年九月二七日から支払済みに至るまで年29.2パーセントの割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一請求原因

1  原告は、被告に対し、昭和六三年三月一八日、一九〇〇万円を次の条件で貸し渡した。

(一) 利息合計 六六五万円(したがって、元利合計二五六五万円)

(二) 支払方法 昭和六三年四月から同七〇年三月まで(八四回)毎月二六日限り三〇万五三〇〇円(但し、第一回は三一万〇一〇〇円)。

(三) 遅延損害金 年29.2パーセント

(四) 期限の利益喪失 毎月の支払を一回でも怠ったときは、分割返済の利益を失い、残債務全額を直ちに支払う。

2  原告は、被告から昭和六三年四月から同年六月まで合計九二万〇七〇〇円(内訳、元金四五万六八四九円、利息四六万三八五一円)の支払を受けた。

3  被告が昭和六三年七月ないし同年八月返済分合計六一万〇六〇〇円を支払わないので、原告は、被告に対し、昭和六三年九月五日到達の内容証明郵便をもって、右金員を三週間以内に支払うよう催告したが、被告は、右期間内に支払わなかったので、期限の利益を喪失した。

4  よって、原告は、被告に対し、貸金残金一八五四万三一五一円及びこれに対する期限利益の喪失の日の翌日である昭和六三年九月二七日から支払済みに至るまで約定の年29.2パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二請求原因についての認否

請求原因事実中、昭和六三年九月五日支払催告があったことは認めるが、その余の事実は否認ないし争う。

三被告の主張

1  原告が主張する本件消費貸借契約は、不動産と同様な高額な商品であるゴルフ会員権購入のための消費貸借契約である「ゴルフ会員権ローン」であるから、融資に先立ち、消費貸借契約証書を作成することが予定されているところ、正式の消費貸借契約証書は作成されていない(消費貸借契約証書及び被告作成名義の名義書換書類の全てが偽造文書である。)。このような場合には、当事者の合理的意思解釈として、契約締結の意思表示はされていないものと解すべきである。

また、ゴルフ会員権について売買が行われることが前提となるところ、本件では、売買が行われるどころか、株式会社オーシャンゴルフサービス(以下「オーシャン」という。)がそもそも会員権を仕入れていたかどうかすら極めて疑問であり、この点からも、本件消費貸借契約の成立は認められない。

さらに、本件は会員権担保融資であり、被告がオーシャンから購入するゴルフ会員権を原告に担保として差し入れることが融資の必須要件であったところ、被告は、会員権を担保として差し入れるための書類を原告に対し交付していない(名義書換書類は偽造文書である。)。

2  原告のオーシャンに対する直接支払は、実質的には、被告のオーシャンに対する売買代金の支払に当たるものであるところ、原告は、被告とオーシャンとの間の会員権売買契約の成立はおろか、オーシャンがそもそも本件会員権を仕入れたか否かすらも確認しないまま、融資金をオーシャンに支払ったのは、本件消費貸借契約の予定する融資の実行ということはできない。

3  原告の本訴請求は、以下の事情により、信義則違反であり、認められない。

(一) 原告は、消費貸借契約証書や、名義書換書類の署名捺印が真正なものであるかどうかを一切被告には確認していない。

また、原告は、被告の印影が全部横向きになっていることに気づいていないという杜撰な印影照合をしていたし、返済用の被告名の銀行印(預金口座振替依頼書に押されたもの)が銀行に対する届出印と違っていたのに、原告は、オーシャン倒産までこれを放置していた。

さらに、印鑑証明書の名義書換手続に関する有効期限である三ケ月についても、原告は、これを漫然と経過させている。

(二) 原告は、被告に対する融資承認の連絡を行わないまま、多額の融資金をオーシャンに支払っている。

また、原告は、預託証券を差し入れてくれという依頼や、名義書換手続の連行状況の確認を被告に対しては、行っていない。

(三) 本件融資は、ゴルフ会員権の購入代金を融資するものであるところ、原告は、オーシャンが会員権を本当に仕入れているかどうかも確認しないまま、融資金をオーシャンに支払っている。

このような杜撰な融資実行により、被告は、同時履行の抗弁権の行使や、原告に対する融資実行に関する指図などを行って本件ゴルフ会員権を確保する機会を全く与えられなかった。

(四) 預託証券が二ケ月以内に差し入れられない場合には、原告は、ローンを取り消してオーシャンに融資金の返還を求めることができるにもかかわらず、原告は、オーシャンが倒産するまで三ケ月以上も漫然とこれを放置していた。

(五) 原告は、オーシャンの信用調査をする機会が十分与えられ、オーシャンの経営状況等を把握し得るのに、まともな調査を行わず、一ケ月に一億円を超える金員を、支払期限も無視してオーシャンに求められるまま、担保も取らずに漫然とオーシャンに支払ってきたものであり、本件融資金もその一部である。

(六) 単なる一顧客にすぎない被告には、オーシャンの信用状況を調査する方途はなかった。

(七) 融資契約時における事務手続については、オーシャンが原告に代わって行うこととされ、本件融資手続についてはオーシャンは原告側の立場に立っていた。

(八) 消費貸借契約証書の申込日や、契約日はオーシャン倒産後に原告によって記入され、利率はオーシャン倒産後に改竄されたものである。

(九) 原告は、譲渡担保の設定を含めた会員権処分の対抗要件である債権譲渡通知の手続を踏まないまま融資を実行している。

四被告主張に対する認否

被告主張は争う。

第三証拠関係<省略>

理由

一原、被告間の貸借の有無

1  原告が、被告に対し、昭和六三年九月五日到達の書面で未払の割賦金を三週間以内に支払うよう催告したが、被告がこれに応じなかったことは当事者間に争いがない。

2  <証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、本件融資に関し、次の事実が認められる。

(一)  原告とオーシャンは、昭和六二年四月一三日、同月一八日から一年間の有効期間で(但し、契約満了の三ケ月前までに双方から何らの意思表示がないときには、さらに一年間契約が継続される。)、オーシャンが販売するゴルフ会員権の購入者に対し、原告が購入資金を融資する制度について、次のような内容のゴルフ会員権ローン制度取扱に関する契約を締結した。

(1) ゴルフ会員権購入者が購入資金のために原告からの融資を希望したときは、原告は、顧客の信用調査を行い、原告が承認した顧客に融資を行い、当該顧客から分割返済を受ける(四条)。

(2) 原告が当該顧客に融資を行うときは、原告の定めた融資契約書、その他の関係書類を使用し、融資契約時における事務手続は、オーシャンが原告に代わって行う。(六条(1))。

オーシャンは当該顧客との契約時に申込書・契約書・ゴルフ会員権譲渡担保証書・委任状(以上四点原告指定用紙)、名義書換関係書類その他ゴルフ会員権譲渡担保徴求及び原告と当該顧客との間の契約締結に必要な書類を当該顧客から徴求し、原告に提出する(同条(2))。

(3) オーシャンが販売を行う場合には、オーシャンは、販売価格の一割以上の申込金(頭金)を当該顧客から徴求する。(七条(1))。

(4) 本契約によりオーシャンが当該顧客と取引を行うときは、原告より融資金承認の連絡を得た後とする(八条)。

(5) 当該顧客は、原告からの融資内定連絡後、契約書その他の関係書類を原告に提出し、原告は、それを確認後当該顧客に融資する(九条)。

右融資の代わり金は、当該顧客の依頼に基づき、原告がオーシャンの取引口座に振り込むものとし、オーシャンは、当該資金を本融資の目的に充当する(一〇条)。

(6) 契約の解除その他いかなる理由に基づくかに問わず、オーシャンが当該顧客に払い戻すべき金員については、原告は、本契約による融資金の担保とし、予め全てこれを当該顧客から譲り受けるものとし、その支払は、オーシャンから原告に直接支払う(一二条)。

(7) オーシャンは、会員権の書換手続完了次第、会員証を当該顧客から受領し、直ちに原告に提出する(一四条①)。

オーシャンが右による会員証を受領するまでに、当該顧客の支払遅延、支払不能が発生した場合には、オーシャンは、原告に対して、融資相当額に原告の被った損害相当額を加えて支払う(同条②)。

(8) 特別な理由なく、二ケ月以上、原告に対し会員権証の差し入れがないことによりローン契約が取り消されたときは、オーシャンは原告に対し当該代金を返還する(特別条項)。

(二)  原告の指定したゴルフ会員権ローン関係書類は、ご利用申込書(Aお客様用。裏にゴルフ会員権ローンお申込の内容が印刷されている。)・金銭消費貸借契約証書(B東総信用。裏に当該契約の約款が印刷されている。)・(電算機用)用紙(東総信(電算機)用)・預金口座依頼書(D東総信用)・ご利用申込書(E加盟店用)の五枚の綴りから成り、一枚目に記載すれば五枚が複写される様式のものであった。

右契約証書に印刷されている約款によれば、被告が毎月の利息支払及び元金返済を一回でも怠ったときは、分割弁済の期限の利益を失い、残債務全額を支払わねばならず、その場合には、年29.2パーセントの遅延損害金を支払う旨定められていた。

(三)  昭和六三年三月四日午後六時直前にオーシャンから被告を購入者とするゴルフ会員権ローンご利用申込書の写し(甲第二号証。右書類のA)が原告にファックスで送付された。

その内容は、原告が河口湖カントリークラブの会員権を二六五〇万円で購入したいので、頭金三七七万円以外の金員の融資を受け、毎月三七万七六〇〇円(第一回目は三八万四二〇〇円)八四回で元利金合計三一七二万五〇〇〇円を支払うと言うものであった。

(四)  原告の担当者である市嶋茂男は、所要の信用調査をしたうえ、同月一一日夕刻オーシャンの事務所で被告と面談し、本人の意思確認をした。

右市嶋は、送られたファックスを持参して、購入ゴルフ会員権、融資額、利息、毎月の返済額、引落銀行名等の確認をし、既に本社の稟議を経ていたが、被告には「もし融資が決定したらオーシャンの社長を通じてご連絡いたします」と伝えた。その際、被告との面談で確認の上、頭金の金額を七五〇万円に増やし、融資額を一九〇〇万円に減額し、それに応じて、利息額を合計六六五万円に減額し(利息も実質年利三五パーセントとあったのを九パーセントと修正)、一回毎の返済額を三〇万五三〇〇円(但し、第一回目は三一万〇一〇〇円)と変更した。

その結果、割賦返済は、昭和六三年四月から同七〇年三月まで毎月二六日の八四回となり、支払われる元利金合計は二五六五万円となった。

(五)  市嶋が同月一一日から一四日までの間に、融資の了承をオーシャンに伝えたところ、同月一五日、同社から原告宛に、金銭消費貸借契約証書(甲第一号証。乙第一号証の一)、被告の印鑑登録証明書(甲第三号証。同月一四日付)、被告名義のゴルフ会員権譲渡担保証書(甲第四号証。乙第一号証の三)、被告名義の河口湖カントリークラブ宛の名義書換申請書(甲第五号証。譲受人欄空欄)、被告名義の名義書換についての原告に対する委任状(甲第六号証)、被告名義の受任者を白紙とする名義書換についての委任状(甲第七号証)、被告名義の名義書換に協力する旨の念書(甲第八号証)及び被告名義の河口湖カントリークラブ宛の紛失届(甲第九号証)が送付された。

これら送付された契約証書、譲渡担保証書、委任状等に押印されている被告の印影は、全て九〇度横向きに押されていたが、市嶋及びその他の原告側担当者は、これに気づかず、被告に確認しなかった。

(六)  原告は、同月一八日融資を実行し、一九〇〇万円をオーシャン宛に振り込み、その頃、被告宛にお支払明細書の返済一覧表を送付したが、被告の方からは何らの異議の申出もなく、被告口座からも三回にわたり自動引落により割賦金合計九二万〇七〇〇円の支払がされた。そして、その内訳は、元利金四五万六八四九円、利息四六万三八五一円であった。

原告の融資の実行は、被告名義への購入ゴルフ会員権の名義書換前にされているが、これは名義書換には長ければ半年位かかるため、融資を先行させることが通例であったことによる。

(七)  オーシャンは、同年七月三日と同月五日に不渡りを出して倒産し、その後間もなく、被告は、本件借用を否認するに至り、その後の割賦金の支払をしない。被告の支払預金口座のある横浜銀行新宿支店では、それまで引落を認めていたのに、右オーシャン倒産後届出印と異なることを理由に引落を拒否するに至った。

(八)  原告では、オーシャンの信用状態につき当時危惧していなかったため、オーシャンと被告間のゴルフ会員権売買契約の成立について確認をせず、また、本件融資の対象となる河口湖カントリークラブの会員権を同社が所持しているかどうかについては調査することなく、融資を実行した。

(九)  金銭消費貸借契約証書(甲第一号証)及びゴルフ会員権ローンご利用申込書の申込日、契約日欄の年月日の記入を、原告では、オーシャン倒産後に行った。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかし、右認定事実によれば、オーシャンと被告との間の取引は、原告の融資承認がされてから行われなければならないとされているところ、承認の通知後の日付で被告の印鑑登録証明書、譲渡担保関係書類が提出されたため、原告の担当者は、被告の印影に疑問を抱くことなく、また、オーシャンと被告間のゴルフ会員権売買契約の成立について疑いを抱かずに融資を実行したことが明らかであるが、その処理は、あながち妥当性を欠くものと言うことはできない。印鑑証明書の提出されるのは、正式な契約書締結時であることが通例であるから、その提出があれば、融資の前提となるゴルフ会員権売買契約が成立しているものと信じることも非難することはできないからである。

3  一方、<証拠>によれば、被告側の事情として、次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和六三年二月頃、オーシャンの営業担当者小林に対し、河口湖カントリークラブの会員権で一八〇〇万円から一九〇〇万円程度の安いものがあれば買うよと話をしたところ、同人は、安いものが出たら連絡する旨約し、その後同人から一九〇〇万円で当該会員権がオーシャンの手に入る旨の連絡があった。

(二)  被告は、ゴルフ会員権を購入するには提携しているローン会社である原告を使用して欲しいと連絡されたため、原告から融資を受けることとした。

そこで、被告は、融資を受けるためにローン利用申込書に住所、氏名、預金口座番号等を記載してオーシャンに渡し、面談した市嶋から審査しなければ融資を受けられるかどうか分からないと言われたため、その時点では契約証書等に押印はしなかった。

なお、ローン申込書に記載した河口湖カントリークラブの会員権の購入金額二六五〇万円、その内の被告が頭金として支出するとされていた三七七万円ないし七五〇万円は、現実に被告が支出を予定しているものではなく、原告からの融資を受け易くするためにはそのように記載したほうが良いとのオーシャン担当者の助言に基づいて、そのような数字を記載したもので、現実の支出は予定されていなかった。

(三)  被告は、その後オーシャンからの要請に応じ、昭和六三年三月一四日頃、印鑑登録証明書を同社に交付した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告は、その本人尋問の際に、横浜銀行新宿支店の被告名義の預金口座からの引落の事実をオーシャン倒産後に知った旨供述するが、前記認定のように、原告からオーシャンへの融資実行後、原告から被告宛にお支払明細書の返済一覧表が送付されていたのであり、また、預金口座からの引落の際には、当該銀行からその旨の通知があるのが通例であることは公知の事実であるから、被告も、同人名義からの引落を了知していたものと推認され、右被告の供述部分は信用することができない。

これによると、被告としては、オーシャンとの間のゴルフ会員権売買契約書を締結するに至っていないものの、間もなく、正式に締結することができるものと予想し、それに先行する本件融資を容認していたものと認めるのが相当であり、これに反する被告の供述部分は、信用することができない。

また、右認定の事実によれば、原告担当者が印鑑の押印の方法に疑義を抱き、契約証書や、譲渡担保証書等に再度の押印を求めていたとしても、被告がこれに応じた可能性も否定することができない。

4  ところで、本件融資についての契約証書等の被告の押印が九〇度横向きになっていること及び被告が契約書等に押印していないこと並びに<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、オーシャンの社員の誰かが、被告が署名したローン利用申込書を利用して、被告の署名に似せた被告名の署名をし、更に、被告から提出されている印鑑登録証明書に押印されている印影を利用して、被告の印影に似せた押印を作出し、もって、本件融資に必要な書類を偽造したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

このように融資に必要な書類の中に偽造文書があることは、原告の担当者が注意して検査すれば発見可能であったことが推認される。特に、印影が九〇度横向きになっていたのであるから、これに関して確認をしていれば、被告が押印していないこと、被告の押印部分をオーシャンが偽造したこと、オーシャンがそのような偽造文書を作成して融資を受けなければならないほど資金関係が逼迫していること等を認識することができた可能性が高く、その結果、本件融資が実施されていなかった可能性も高い。

しかし、本件融資に当たっては、原告の担当者である市嶋は、被告に面接し、融資についての意思確認を行っているのであり、関係書類の中に偽造文書が存在するからと言って、本件消費貸借契約の存在自体を否定することはできない。契約は、口頭によるものも認められるからである。確かに、本件融資は、高額なゴルフ会員権購入のためのものであり、融資金額も一九〇〇万円であり、しかも、結果的には、本件は偽造文書に起因する融資となっているが、被告は、本件金額の融資申込書に記載し、その金額の融資の申込みをし、原告の担当者との面談の際にも、その融資額、利息、割賦金の支払方法を承認しているし、通常契約成立時に交付される印鑑登録証明書を交付しているのであるから、本件融資が偽造文書に起因して行われているとしても、本件融資契約の成立自身を否定することはできない。被告が原告から送付された返済金一覧表に異議を述べていないことや、被告名義の預金口座から割賦金の引落があるのにこれに何ら異議を述べていないことは、本件融資についての消費貸借契約の成立を、当時、被告自身が肯定していたことを物語るものと言える。

したがって、契約の存在自体を否定する被告の主張には理由がないものと言うべきである。

二信義則違反の主張

被告は、契約が有効に成立しているとしても、本件のような事案の下で被告に対する請求は、信義則に反し許されない旨主張する。

確かに、原告側に過失があったことは前記のとおりであるが、本件融資の対象となるゴルフ会員権購入は、被告自身がオーシャンに働き掛けたものであり、原告側がその売買契約の成否にかかわっていないところ、被告側でも契約成立前に印鑑登録証明書をオーシャンに交付しており、しかもゴルフ会員権売買契約の締結前に本件融資がなされたことを被告も了知しながらこれを認容していたというのであり、印鑑登録証明書の交付がなければ本件融資に至らなかったという可能性も高いし、割賦金の引落に異議を述べていれば、原告側でも何らかの対応策を採ることも可能であったのに被告からの申出もなかったため、オーシャンの倒産時まで何らの申出もしなかったため原告において適切な対応を採れなかったのであるから、被告側の過失も大きい。

その意味では、本件は、双方の過失が寄与してオーシャンに一九〇〇万円もの不当な利得を得させてしまったと言うことができる。

前記したように本件融資に関する消費貸借契約の成立は否定することはできないことと、被告の過失も大きいことを考慮すると、被告が本件融資に関する負担を全部免除されるべきとの被告の主張は理由がない。確かに、<証拠>によれば、本件原告のオーシャンへの融資実行当時、オーシャンの資金事情は悪化していたことが認められ、してみると、金融機関である原告が注意して調査をすればその事情を察知することができたであろうこと、それを察知していれば本件調査の際の書類照合に注意を払い、本件融資実行を未然に防止することができた可能性を否定することができないが、本件では、融資後オーシャン倒産時までに返済一覧表が送付されているのに何らの異議の申出をせず、また、その時点までの割賦金の引落にも何らの異議を述べなかったので、原告として、返済について疑問を抱かなかったとしても、また、倒産に備えて、オーシャンからの融資金の回収に着手していないとしても、これを責め、本件損害の発生を全面的に原告に負わすべきとすることは妥当性を欠くからである。

しかし、原告側の過失も大きいことを考慮すると、原告の全額の支払請求を認容することも信義則に反する。結果的には、被告は、売買の目的であり、融資の対象となったゴルフ会員権を取得することができなかったのであり、原告の融資の際の過失がなければ融資が避けられた可能性があるからである。

本件は、貸金返還請求事案であるが、本件事案における特殊性に鑑みると、信義則の原則を適用して、原告の請求することのできる範囲を限定するのが相当である。そして、本件事案における諸事情を考慮すると、原告が被告に対して請求することができるのは、本件融資額一九〇〇万円から既払の元金四五万六八四九円を控除した残元金の約五割に当たる九三〇万円及びこれに対する遅滞になった後である昭和六三年九月二七日から支払済みに至るまで約定の利率である年29.2パーセントの割合による限度に限るのが相当である(既払いの利息分四六万三八五一円については、当時、被告が引落に異議を述べていないのであるから、これを控除の対象とすることは相当でない。)。

三結論

以上のとおり、原告の請求は、九三〇万円及びこれに対する昭和六三年九月二七日から支払済みに至るまで年29.2パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでその限度で認容するが、これを超える請求部分は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官田中康久)

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